インタラクティブボードで数学ゲームを行う小学生
IOE(Institution of Education) University of Londonでの短期滞在中、スコットランドのパブリックスクールおよびイングランド(ロンドン近郊)の3校(小学校1校、中等学校2校)を訪問した。またこの期間中、IOEや King’s College Londonの教育専門家にもインタビューすることできた。ここでは、訪問やインタビューから得られた内容をもとに1979年のサッチャー政権誕生以降のイングランドの教育、とりわけICT教育の現状についてまとめた。
われわれが「イギリス」というとき、その実体は国家としての「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」 (略してUK )のことを指す。このUKはイングランド、ウエールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの地域からなり、それぞれ人口比は83.9%、4.8%、8.4%、2.9%(2011、Office for National Statistics(ONS)より)とイングランドが圧倒的ではあるが、伝統や文化、宗教的な要因から、また政治・教育制度などの面で北部のスコットランドと北アイルランドの独立性は強い。また現在、イギリスは多様な少数民族を抱える多民族国家であり、特に都市部ではこの傾向が強い。そしてこのことはイギリスの教育政策にも大きく影響する。現時点でのイギリスにおける民族の状況は、Office for National Statistics(ONS)のWebサイトで参照できる。
イギリス(主にイングランド)では、1988年の教育改革によりナショナルカリキュラムが制定され、その到達度を評価するための全国一斉テスト(SAT)が実施されている。 そして、セカンダリスクール最終学年(16歳、わが国では中学卒業程度)は全員GCSE(一般中等教育資格試験)を受験する。これには必修科目と選択科目があり、ICTは必修(筆記試験)である。 さらに大学進学を希望する者はシックスフォーム(Sixth form)に2年在籍し、その後、GCE−AS/A2(General Certificate of Education−Advanced Subsidiary Level/Advanced Level)試験を受ける。このAレベルにも試験科目の中にICTはある。このように現在、イギリスではICT教育を非常に重要な科目として位置付けている(ただし現在、スコットランドはやや独自な取り組みをしているようだ)。ただ、現在の教育相Michael Gove は現在のICTのカリキュラムは「demotivating and dull」(生徒のやる気をなくす退屈なもの)と不満を述べている(January 2012)。
保守党サッチャー政権(1979年-)そして労働党ブレア政権(1997年-)と続く教育改革は、各方面からの批判、そして他の3地域との距離感などいろいろ問題が噴出しているが、ICT教育環境は重点的に整えられた。特にコンピューター・インタラクティブボード(電子黒板)の設置、それに伴う教員研修の充実と、国家は膨大な予算を割り当てたといわれる。特に、今回の訪問ではインタラクティブボード(電子黒板)の普及と活用には改めてわが国との違いを見ることができ非常に参考になった。そして、ICTに関する教員研修の体制と教育コンテンツの整備は今後、わが国も積極的に取組むべき課題であると感じた。
実際に見学した4校では、すべての教室にインタラクティブボードが設置してあり、多くの教員はそのボードを授業に活用していた。例えば、数学授業では幾何学用のアプリケーションを活用したり、小学校算数ではインターネット上での算数ゲームに取り組んでいた。このように算数・数学に関係するインターネット上のコンテンツを利用して授業を行っていた。余談だが、ある小学校では教室内の伝統的な黒板は単に掲示板となっていた。
イギリスでのICTの普及は次の2点の要因が大きな理由ではないかと感じた。まずは教員の資質の向上である。具体的は教員養成、とりわけ教員の資質の向上と授業の一定水準の確保である。次に述べるようにイングランドでは教員養成制度を改革しているが、まずは教員の資質の向上が大きな課題のようだ。教員の授業技術の向上にICTを活用しているとも言える。
次は、子どもたちの現状である。欧米先進国がもつ共通の問題として、移民の問題や多様性(Diversity)がある。昨年訪問したシドニーもそうであったが、ロンドンもそれぞれ違う歴史、宗教、民族をオリジンとした子どもたちを教育しなくてはならない。そして子ども達に身につけて欲しい能力の基本は、「リテラシー」と「ニューメラシー」である。最後に訪れたロンドンの小学校では、英語もよく理解できない生徒もいたが、イギリス「市民」として、「読み・書き・そろばん」の習得を徹底しようということである。また、ある中学校での社会科の授業においても「書く」ことが強調されていた。そして、そこにもICTの活用は不可欠であるのだろう。政府はナショナルカリキュラムを実施するにあたり、国家的に教育の質を向上させるための一つとしてICTの活用を考えたとも思える。
1988年の教育改革以降、教員養成制度も大きく変わってきている。特に1年制教職課程であるPGCE(Postgraduate Certificate in Education)制度による教員養成制度の改革は象徴的である。この制度はわが国での教職大学院制度とよく比較されるが、歴史的にみてもイギリスの教員養成の仕組みとわが国の仕組みには大きな違いがあり、単純に比較することは難しい。かつてイギリスでは教員になる方法はいろいろなルートがあり、教育現場にはさまざまな経歴を持った教員が子どもたちを教えていた。しかし現在、イングランドではPGCE制度の方向で教員養成が進んでいるようであった。
かつて大英帝国として七つの海を制覇し、産業革命を通じて世界の工場と言われたイギリス。戦後、米ソの超大国に挟まれ、英国病と言われた時期もあったが、サッチャーによる新保守主義・新自由主義、ブレアのニューレイバーと次々と改革を重ねてきた。そしていまや対外的にはEU(欧州連合)との距離を保ち、対内的には、経済問題、雇用問題、スコットランド問題、アイルランド問題を抱えている多民族国家である。教育問題も、パブリックスクールでの質の高い教育から、公立学校での学力確保の問題とレンジが広いのも英国の特徴である。わが国も明治以降、近代国家を目指すなか、教育のモデル国家の一つであったイギリス。現代ではわが国の教育制度も整備され、また、イギリスとは歴史・宗教・民族も異なるが、まだまだ、さまざまな面においてヒントになる事柄は多いと感じた。
Department for Education
IOE University of London
Office for National Statistics(ONS)
数学教材